2009年06月18日

のどかだった時代

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温泉の定義については、温泉法という法律できちんと定められているらしい。
必ずしも湧き出る水が温かいものである必要はないが、「温泉」と言うには、法律が定める19の成分のうち1つ以上を含んでいなくてはならないという。

ところが、そういう「温泉」に当てはまらない普通の銭湯でも、「○○温泉」という名の付いたものが少なくない。
温泉法の成立は、戦後の1948年のことだったから、それ以前から営業していたところが、そういうふうに名乗っているのかもしれない。

しかし、別にどうでもいいではないか。
本当の意味での温泉でなくても、入りに来ている人たちが、温泉につかっている気分でのんびりできたら、それはそれで値打ちがある。
お堅いことを言うなって。

近ごろ妙に、言葉遣いだけが厳密さを要求され過ぎている。
そんなことより大切なのは、中身や満足度だ。

温泉だと思ってつかれば、ただのお湯でも温泉になる。
マンションだと思って住めば、アパートだって邸宅なのだし。
posted by squareworld at 22:37 | Comment(0) | 批評・批判・非難 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

招かざるささやかな幸運

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今日は朝から平穏な日だ。
仕事がちょっと一段落したし、次を依頼する電話もこない。
久しぶりにブログでも書こうか。

最近サボっている。
ただ、写真はかなり撮っている。

結局、撮った写真と頭の中身をリンクできないので、ブログの頻度が落ちているのだ。

困ったもので、時間の余裕ができたといっても、必ずしもモチベーションは上がらない。

むしろ、つまらない仕事の依頼がきた方が、モチベーションが高まったりする。
ああ、こんなことをやるくらいなら、ブログを書いていた方がましだ、と。

何事も適度に邪魔が入る方がいいようだ。

予期せずして画面に飛び込んできたこのオジサンは、何となく店の雰囲気に合っている。
posted by squareworld at 11:47 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

時を経ることの難しさ

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久しぶりに伏見を散歩して、見覚えのない景色に出くわした。
いかにも、といった感じでこの土地の伝統を感じさせる酒蔵のようなものではなく、町家形式を忠実に伝えるようなものでもなく、今風に化粧直しされたものともまったく違う。

物の寿命というものが、春夏秋冬サイクルを何度もめぐりながら、かつてのレコード盤のように大団円へと向かっていくのであれば、こういう建物は溝の切れたレコードのようだ。

あるいは、風通しのよいままに時間が封じ込められたような感もある。

淡々と時を経ることの難しさを思うと、こういう建物はとても貴重だ。


posted by squareworld at 23:30 | Comment(0) | 時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

下田の骨董店よ、お前もか

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昨日、京都市伏見区中書島界隈を逍遥した。
いや、「逍遥」などとカッコをつけるのは良くない。
逍遥にはぶらぶら歩くの意味の他に、俗事を離れてゆったり楽しむの意味がある。
私が中書島界隈を訪ねた目的は、まったくその逆。
かつての遊廓街の名残を見つけるため。
まさに「俗」そのものだった。

中書島は江戸時代に大坂と京都を結ぶ水運の要衝だったという港町。
港にはこういう場所がつきものだった。
明治の近代の世を迎え、排仏毀釈の嵐が吹こうと、こういう場所は廃れることなく、赤い灯がともされ続けるのであった。
しかし、第二次大戦後の民主主義的お上の発令した赤線廃止令が、その赤い灯を吹き消した。

中書島・色街遺跡探訪は、1年ほど前にも試みたことがあったが、そのときは収穫ゼロだった。
それらはもう駆逐されてしまったのか、それとも私の根性が足りなかったのか。

そんなことを思いながら、京阪中書島駅からスナックの並ぶ細い通りをぶらぶら歩く。
特別に根性を入れたわけではなかったが、ある角を左に折れたら、たったの1つだけではあるが、色街遺跡がこともなく見つかったのだった。

その興奮冷めやらぬ本日の午後、ネットで全国の色街遺跡のことを検索してみた。
世に物好きはいるもので、この手のサイトは続々見つかる。
何と何と、その1つを見て驚いた。
つい先日訪れて、渋い、渋いとつぶやきながら写真に収めた静岡県下田の骨董店も、実は色街遺跡であったのだった。

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posted by squareworld at 00:49 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

路傍の愛

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洋服和服の違い
それは、洋服が人間に合わせて仕立てられるのに対して、和服は人間の方が服に合わせて着るのだそうだ。

衣文化に対して、十分な知識を持ち合わせてはいないが、どこかでこの話を読んだとき、「なるほど、そういうものなのか」と、妙に納得したのだった。
着物を着るのに着付けを習う、というものたぶんこういうことなのだ。

さて、このお地蔵さんは、旧東海道・金谷宿近くの石畳脇で見かけた。
赤いコスチュームが、実にぴったりとお地蔵さんの体に合っている。

石のお地蔵さんが、自分の体を服に合わせる、なんてことはなかろうから、ピッタリと体に合っているのは、これを着せた人が、そうしたのだ。

日本の衣文化の原則にのっとれば、お地蔵さんの体に合わせて着付けをしたということになる。
だが、それにしてもよく合っている。
まるで、縫う前に念入りに採寸したかのように。


posted by squareworld at 20:56 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする