2009年04月27日

真四角の世界

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いやあ、まいった。
これぞまさに真四角の世界。

写真のような虚構ではなく、現実であるというところが本当にすごい。
すっかり脱帽。


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不思議の国

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ガラス越しに、皿とフォークや、グラスとグラスのぶつかる音だけが聞こえてくる。
客の大半は引けてしまった。

ついさっきまでこの店は、満員の客の話し声が重なり合って、嵐の日の風のような唸り声を上げていた。
ガラス1枚で隔絶された店の中は、水族館の巨大な水槽のようにも見えたし、単なるテレビの映像のようでもあった。
こちらから向こうは見えても、向こうからこちらは見えない。

空腹だったし、他に開いている店はなかったけれど、たった1人で、その中に入って行くのはためらわれた。
パスポートを持たずに遠い世界へ来てしまったような気がしたからだ。

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2009年04月26日

空っぽの心と廃屋の癒し

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闘うことを放棄した中年男が、朽ちかけた家の前に立ち、カメラを構える。
旧式のカメラは、カメラがピントを合わせてくれないので、老眼になりかけた目でファインダーを凝視し、ヘリコイドをいじくる。
その男が、自分の意思で好んでできることといえば、ただそれだけ。
シャッターを押し終えると、あとはもう、することがなくなる。
その後ろを地元ナンバーの車が、クラクションを鳴らして通り過ぎていく。


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2009年04月25日

楽しいご相席を

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たとえば喫茶店に入る。別にファーストフードの店でもいい。
店内はガラガラで、誰かが1人ポツンと座っているテーブルが1つ。
そういうとき、たぶん、たいていの人は別のテーブルに掛けるだろう。

だが、少しばかりの勇気を出して、「ここ、座っていいですか」と、その1人ポツンのテーブルに相席を申し込んだらどうなるだろう。

きっと、幸せな結果は訪れない。

この人、ちょっと変。
1人の時間を邪魔しないで。

たぶん、そんなふうだと思う。
さらにそれは、込み合った店でも同じかもしれない。

だけど片や、インターネット出会い系サイトは、それなりの賑わい。
それが証拠に、その犠牲者は引きを切らない。
本当はこの方が、ちょっと変に違いない。

21世紀のこの日本で、楽しく相席ができるのは、サンタさんたちだけなのだろうか。


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2009年04月24日

生きた証

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心の中でムッとしても、口には出さない、顔にも出さない。
これは、世の中というものを知り、少しは賢くなった証拠かもしれない。

だが、それは同時に、正直でなくなったり、正義感に簡単にフタができるようになったり、ということでもある。

それはそれで仕方がないことだと思うが、

変に折り合いをつけずに突っ張ってた方が、結果としてはよかったはず

と、後から気が付くことが、たまにある。

こんなときは、本当に悔しい。


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2009年04月23日

夜と朝の間に

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夜と朝では気持ちの向きが180度違っている、ということがたまにある。

前の晩は、「よし、このアイデアをプレゼンしたら必ず通る」てな感じで、強気の塊だったのに、朝起きてみると、「やっぱり、ダメだろうな」などと弱音を吐いている。

誰だってよく似たものならいいのだが、自分だけが、1晩眠るとテンションがガタ落ち、みたいだったら、ちょっとヤバイ。


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2009年04月22日

季節外れ

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今年こそは、常照皇寺の桜を見に行こうと思っていた。
あそこは山深い土地だから、見ごろは確か4月も中旬あたりか、その少し後。
てっきりそうだと思っていたのに、10日を過ぎた時点で、すでに散り始めているとか。

こんなことがよくある。
思い立ったときはすでに季節外れ。

みんな着ている服を自分も着ようと思ったら、すでに売り場には来シーズンの品物ばかり。

新緑を見るつもりが、すでに葉っぱは濃い緑に変わっていたり、夏の海に行くつもりが、浜辺に着けば海の家は店仕舞いをした後。

いつも見ているのは、シーズンとシーズンの谷間の景色。

おっと危ない。
魚が画面から外れそうになった。

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2009年04月21日

中性の騎士たち

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近ごろ他人様のブログを読むのにハマっている。
それで気になるのが、性別不祥というか、中性的な文章が多いな、ということだ。
文体もそうだし、内容も。

中には、一人称に「僕」を使っているのに、スイーツや花、テーブル小物なんかに詳しくて、この人は女だけど「僕」と言っているのだろうか、みたいな疑念にとらわれる。

別に男がスイーツや花や小物が好きでも構わないのだけれど、自然体で書くと中性的になる人が多いということなのだろうか。
それとも、下心の充満したコメントやトラックバックを避けるために、意図して性別をわからなくしている人が多いということなのだろうか。

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ライトアップはささやかに

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イベントが日本ではエベントと呼ばれ、ライトアップという言葉がまだ日本語になっていなかったころのこと。
夜、たまに両親に連れられ、道頓堀に行った。

後年、阪神ファンの飛び込みで全国的に有名になった道頓堀川のほとりの建物の壁に、グリコ坊やのネオンがあって、確かその下あたりに白黒のテレビ画面があった。

ネオンの色が刻々変化する様子を眺め、観客の誰にもチャンネル権のないテレビを眺める。
ネオンなんて今や珍しくも何ともないし、当時もそのテレビの番組の内容そのものを楽しめたわけではなかった。
ただ、夜、外に出かけ、動きのある光を眺めるだけでワクワクした。
大阪でそういうものが見られるのは、たぶん道頓堀だけだったと思う。
あのグリコ坊やと白黒テレビが、どうやら今で言うライトアップの走りだったのかもしれない。

今もライトアップは嫌いではない。
でも、ちょっと派手になりすぎたみたいだし、やっている数も多すぎるような気がしないでもない。


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2009年04月20日

旅先の朝

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どんな絶景を見るよりも、どんなに値打ちのある文化財を訪ねるよりも、旅先で捨てがたいのは朝の景色。
どこの町でも、朝には独特の緊張感が流れている。

薄暗いうちから働きに出るサラリーマンやOLたちに緊張感があるのは当然として、働きには出ない建物や郵便ポストや街路樹なんかにも、どことなく緊張感のようなものが感じられる。

昨日はいろいろあったにせよ、済んだことはすべてリセットして、新しい1日が始まる。
よし、今日はしっかりやるぞ、みたいな緊張感。

自分が普段暮らしている町でも、それは同じはずなのだけど、あまりそういうことを感じないのはなぜだろう。

それぞれの町に、それぞれ違った朝があるからかもしれない。


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2009年04月19日

花の生涯

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椿の散り方は、贅沢でもあり、壮絶でもある。
きれいに咲いたまま、花ごと落ちる。

桜が散るのは花びらだけ。
同じ花でも、チューリップやレンゲ、アジサイのように、草が咲かせる花の多くは、散らずに枯れる。

人間の老い方、死に方にも、このような違いがあるのかもしれない。

花の散り方は種によって異なる。
人間は、同じ種なのに人それぞれ。

いや、外見ではわからないだけで、人間にも生まれながらの運命があるのか。

咲かずに枯れていくことだけは避けたいと思うが。


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2009年04月18日

苔のむすまで

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昆布を料理に使うのは日本だけであり、他の国には見られないらしい。
豆腐や納豆、コンニャクといった代表的な日本の食材も、そのルーツは大陸にあるが、昆布を使う食文化というのは、日本独自のものだそうだ。

それでは、苔を愛でる、あるいは苔むした風情を尊ぶ、という感覚はどうなのだろうか。
これも日本独自のものなのか、それとも豆腐のように大陸から伝来したものか。

中国には何度か行き、中国庭園にも何度か足を運んでいるが、残念ながら苔の記憶は残っていない。
見ていないから残ってないのか、見ていながら忘れたのか、記憶にないからわからない。

自分の推測にすぎないが、日本の気候は高温多湿。苔が生えやすい環境だ。
だから、苔に対するそういう感覚が人々の中に浸透したのかもしれない。

ただ、じめじめした場所に勝手に生えてくる苔を、あるがままにしておいた。
邪魔者扱いなんかはせず、逆にありがたかったのだ。
その感覚はすごいと思う。

ロシアでは、昆布は海のゴミだという。


posted by squareworld at 12:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月17日

花冷え

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郵便を出したついでに、近所の寺に寄ってみた。
ほんの何日前に満開だった桜の木に、花びらは1枚も残っていない。
あの花の盛りは幻だったのではないか、みたいな錯覚に陥る。

桜花の時季は、雨が降ったり寒風が吹いたり、気候はかなり不安定。
一昨日の陽気もまた、夢だったかのような。

ある人に出したメールに、すぐに短い返事が来て、3行ばかりのうち1行は、朝夕寒いが体に気をつけて、と常識的な決まり文句。
言葉の意味とは裏腹に、突き放されたような後味が残る。

4月ももう中旬だけれど、こんなときはちょっと贅沢をして、暖房でも入れないと身がもたない。

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2009年04月16日

のぞき見の楽しみ

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ブログは楽しい。
このブログも足掛け3年続けているから、何を今さらって感じだけれど、自分でアップするのも楽しいが、他人様のブログを読むのは、もっと楽しい。

別に特ダネがあるというわけではない。
タイ焼き食ったらうまかったとか、飼いネコの機嫌が悪いとか、亭主が単身赴任でありがたいとか、他人からすれば、本当にどうでもいいようなことが羅列してある。
そういうのを見るのが実に楽しくて仕方がない。

ブログの正確な定義はよく知らないが、たぶん「ウェブ上でやる日記」みたいなもののはず。
要するに、ブログが面白いのは、他人様の日記をのぞき見するのに近いからだ。

名前も顔も知らない赤の他人のどうでもいいような文章を読みながら、世の中にはこういうふうに毎日暮らしている人がいるのだな、みたいなことをぼんやり思う。

人の日記なんて、普段はまず読めないし、実際にコソッと読んでバレたりしたら、人格を疑われるのは間違いない。

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2009年04月15日

終わりはいつも

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一時期、カラオケによく行っていた。
メンツは、私の得意先であるA社と、そのA社の得意先であるB社。
だが、仕事とはまったく関係がなかった。

元々は、ひょんなことがきっかけだった。

A社のK女史とB社のM氏は、私の学生時代からの知り合いである。
K女史とM氏は、学生時代にはお互い面識がなかったのだが、仕事上の付き合いにより知り合った。

ある日、私がM氏と話していて、私もM氏もK女史のことをよく知っているということが判明し、3人で飲みに行くことになった。
その席で、K女史の勤めるA社には独身の女子社員が多く、M氏の勤めるB社にもそこそこ独身の男子社員がいるということから、それぞれ独身社員を引き連れて、飲みに行き、歌を歌うという名目で出会いの場をセッティングしようということになったのだった。

以後、頻繁にこの出会い系カラオケの集いは行われたし、毎回、10人を超えるメンバーが集まった。
そのうち「いつもの顔ぶれ」みたいな感じで、主なメンツは決まってきた。
当初の目的はどこへやら、1組もまとまることはなかったが、それはそれで、かなりの仲良し集団になっていった。

だが、あるときを境に、プツリと途絶えた。
K女史が転勤になったのだった。
ただ、転勤と言っても、それまでの本社から、電車でわずか30分の支店にである。
しかもK女史は、転勤後もちょくちょく本社に顔を出す。
集まりを続ける上で、大したネックにはならないはずだった。

毎回10人以上で盛況だった集まりも、たった1人のちょっとした事情で、あっけなく終止符が打たれる。
K女史が中心人物の1人であったというのは大きいのだけど、ハッキリとした目的をもたない仲良し集団というのは、どれもよく似たものかもしれない。


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2009年04月14日

わが最新鋭の真四角兵器

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まさか、ここまできてるとは思わなかった。恐るべき画質。

わが人生で、初めて新品で買った真四角カメラ。しかも2008年のニューモデルだ。

知っている人は知っていると思うのだけど(当たり前か)、ブラック・バード・フライという35ミリフィルム使用の二眼レフ。

ローライを除いて、この21世紀に二眼レフを作って売ろうという奇特なメーカーはなかったのだが、どこかの会社が、去年の夏、突如このカメラを発売した。
もの好きはたくさんいるようで、発売早々、ウェブショップでは品切れで生産待ちとのエクスキューズ。

こんな商品が売り出されたのは、たぶん昨今のトイカメラブームのせいだろう。
これもトイカメラの部類に入るらしいし、写りはまさにトイカメラなのだが、定価は1万2600円。
おもちゃにしてはちょいと高価だ。
ネットオークションでうまくやれば、これよりはるかにきちんと写る大昔の二眼レフがいくつ手に入ることか。

それでも買ってしまうのだから、自分ながら呆れるが、どの程度写るのかは、実際に買って撮ってみないとわからない。

はまる人ははまるのだろうけど、自分としてはフィルムを1本通しただけで、それ以後、あまり使う気にはなれない。

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2009年04月13日

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小さいころ親から、夜に爪を切ると親の死に目に会えない、と言われた。
爪切りに関しては、もう1つ、風呂上がりは爪が柔らかくなっているから、風呂上がりに爪を切ると、きれいに切れると言われた。

子どものころ、風呂はいつも夕食前に入っていた。
あるとき、夕食後に風呂に入ったことがあって、爪が伸びていたので、上がってから爪を切った。

私が爪を切るのを見た母は、そんなことをして親の死に目に会えなくていいのか、と言った。
私は、風呂上がりに爪を切るのがよいという親の言葉に従っただけだった。
こういう場合、子どものころの私は、口答えするのが常だったが、このときだけは何も言えなかった。

親の死に目に会えなくてもいい=親不孝、という等式が頭に浮かんだからだ。
子どものころ、親からいろいろ言われる中でも、「この親不孝者」という言葉がいちばん応えた。
「親不孝者」とダイレクトに言われたわけではなかったが、そう言われたに等しいと感じたのだ。

あれから40年以上が経過した。

あるとき、母が夜に爪を切っていた。
それを見た兄が、冗談を言った。

夜に爪を切ったら親の死に目に会えないというが、すでに母親の両親は亡くなっているから関係ないのだな、と。

もちろん、悪意があるわけじゃない。


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2009年04月12日

流れる

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元々カメラ少年ではなくて、少年時代をはるかに過ぎてからカメラオヤジになったため、カメラや写真の専門用語については、からっきし弱い。
若いころの旺盛な好奇心で、いろんな言葉に興味をもち記憶に刻みつけたという経験がないからだ。

たとえば、その1つが「流れる」。
「このレンズは、画面の周辺が流れる」というふうに使われる。
私には、この意味がよくわからない。
ただ、このレンズは良くない、というネガティブな意味だということだけは察しがつく。

画面の周辺に関しては、ほかに「周辺光量が落ちる」という言い回しがあるが、これは文字通りに解釈すれば理解できる。

さて、「流れる」だから、たぶんハッキリ写っていないことを示すのだと思う。
しかし、これについては「ぼける」という言葉もある。
だから「流れる」と「ぼける」では、何らかの違いがあるはずだ。

あくまでも推測だが、たぶん今日の写真なんかは、「画面の周辺が流れる」の一例かもしれない。
だが、自分には写真の常識が備わっていないから、たとえそうだとしても気にならない。


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ずっとここにあるということ

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役割が終わった物を、ずっと残しておくということは、どういうことか。

サッと考えて3つほど思い浮かぶ。

1つは、その物に深い愛着があるから。
もう1つは、その物が消えるとともに、その物に付随する思い出までが消え去ってしまう、ということが忍びないから。
そしてもう1つは、いつかまた、それを使う日が訪れるかもしれないと思うから。

では、今日の写真の看板は、なぜ今もここにあるのか。

3つのうちのどれかかもしれないが、それはあくまでも勝手な解釈。
まだ現役であるということも、十分に考えられる。
(現役ならば、看板の主様には、深くお詫び申し上げます)


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2009年04月11日

子どもにしかできないこと、子どもにさせてはいけないこと

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すごく味のある字だ。
大人がいくら、昔に流行ったヘタウマをやっても、まず、こういう字は書けない。

1つ残念なのは、書かれた内容から、書いた子どもの生活感が感じられないこと。
子どもが一生懸命、何かを伝えようとしていたら、真剣に耳を傾けたくなるはずのだけれど、残念ながら、そうはならない。


posted by squareworld at 03:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする