チェックインしてしばらくの間の、ホテルの部屋は落ち着かない。
ホテルに限らず、新しい部屋に越した場合も同様。
まさに、借りてきた猫、というのがピッタリだ。
それはたぶん、体の奥底に潜む動物的本能の仕業だ。
見知らぬ環境に身を置けば、警戒心が頭をもたげる。
新しい部屋もやがて古い部屋となり、警戒心からも解き放たれたような感覚になる。
だがそれは、あくまでも思い込みであり、百パーセント警戒心が鳴りを潜めるわけではないはずだ。
いくら「古い部屋」でリラックスしているつもりでも、故郷の生まれ育った家に帰ったときの安らぎにはかなわない。
幼いときに刷り込まれた「自分の巣はここである」という感覚は、生きている限り、たぶん消し去ることは不可能だ。
さて、旅先では、家庭内で暮らしているときよりも、ある種の行為に及びたくなる。
それを実行に移すかどうかは別として。
それは、旅というのが本来、「侵略」という行動を伴うものであったからではないかと思う。
そして「侵略」という行動の本質は、その他人の土地を自分の子孫の住む土地に変えてしまうことに他ならない。
慣れた相手とでも、旅に出ればその手の行為に及びたくなるのは、旅の高揚感からではなく、侵略の代償行為としてではなかろうか。
これは男に限っての話。
女には、なったことがないのでわからない。

